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 テラが目を覚ました時、リザマールは既に目を覚ましていて、自分の使っていた仮眠装置を片付けていた。テラが起きたのに気付くと、チラと彼の方に振り向いた。
「お早う」
 静かにそう言われて、テラは微妙な気分で頭を下げた。リザマールと同じ部屋で目覚めることがあるとは思っていなかった。テラは寝台から下りると、自分も装置の片付けを始めながら、リザマールの様子をそれとなく伺った。
 何の夢を見ていたのかは分からないが、その余韻は少しも見られない。むしろ普段より落ち着いている位だった。あまりジロジロ見るのも気が引けて、辺りを見回すと、仮眠装置は八台あり、自分達の他に二〜三人使用中の人間がいるようだった。が、目を覚ます気配はない所を見れば指定時刻がまだなのだろう。テラは片付けを簡単に済ませると、脱いで置いておいた上着に袖を通した。

 その時、部屋に備付の内線電話が鳴った。シス管からだ。
 こういう時電話を受けるのは地位が下の者と決まっている。テラはすぐに受話器を取った。
「はい、仮眠室です」
『あっ、テラか?!』
 フォートの声だった。
「ああ。どうしたんだ、何かあったのか」
 テラが答えると、相手は切迫した声で言った。
『急いで来てくれ!!セントラルから返信があった!!』


 二人が駆けつけると、管制室内は大騒ぎになっていた。
「あっ、三等中枢補佐官にテラ!!こっちだよ!!」
 フォートがいち早く気付いて二人に画面を指し示す。画面の周りに群がる他の室員の間を縫って、二人は画面を見た。
 そして、声を失うほど愕然とした。

『イオタ星 システム開発室殿
 お役目御苦労様です。
 セレザーナ巫女が原因不明のエネルギー機能欠失の件確かに受理致しました。
 つきましては世論に騒ぎが起こる事なきよう安楽死処置を彼女に施し、適性者ライアス・サーヤを次の巫女として立てる手続きを取られるよう指示致します。
 警備を怠る事なきように。
 報告を待っております。
                セントラル イオタ星部門 責任者』

 衝撃を受けたのは二人だけではなかった。周囲の者も口々にその衝撃を囁き合ったり、自分のコンピュータ・デスクで頭を抱えたりしている。
 テラはその場に膝をついた。ショックで声も出なかった。これが希望と信じていたセントラルの返事なのか。ショックの次には絶望が訪れた。何も考えられず、ただその場で崩れそうになるテラを、フォートが懸命に力づける。
 リザマールも、ただ呆然とその画面を眺めた。信じられずに何度も読み返すが、何度読んでも内容は変わらない。声も出せないのは、彼も同じ事だった。


 しばらく暗黒ムードだったシス管だったが、やがてケヴィンの指導の下、セントラルの指示を遂行しなければならない方向へ動き始めた。誰もが暗い気分だったが、それが指示なら仕方ないのだ。
 テラは、他のメンバーより立ち直るのが遅かったが、それでも与えられた仕事はきちんとこなした。内心では絶望と疑念、そして絶大な不安が渦巻いていたが、例によってそれが業務に影響する事はなかった。もっとも、今回ばかりは誰もがテラの内心を察していたので、彼に重い仕事が回らないよう各々が配慮していたというのもあるのだが。
「こんな形になっちまってマジ残念だけどよ…一応サーヤちゃんが巫女に就任すんのはめでたい事だろ?妹の前でそんな顔すんなよ」
 フォートが暗い面持ちながら、笑みを浮かべてテラに言った。
 テラはその言葉にキーボードを打つ手を一瞬止め、それからふっと暗い微笑を浮かべた。
「その気持ちがありがたいよ、フォート。ありがとう。もちろん努力はするさ」
 そして、テラはすぐにキーボードを打つ手を再開した。
(ちょっと人間らしい事言ったと思ったらすぐまたこれだもんな。凄いよなぁ、全く)
 それでも、テラの動揺を誰より理解していたのも、またフォートだった。


 シス管の徹夜体制は、メンバーのモチベーションが下がってからもしばらく続いた。その指示の遂行にも、常ならない多忙が伴ったのである。テラ本人だけでなく、皆がこの決定に対するやり切れなさを感じており、それをぶつけるように仕事をこなした。そしてその仕事の一環として、一般にも巫女交替の告知がなされたのだった。


 サーヤには、これからの流れを説明するための、儀式に関係する管制室の人員が派遣された。一般公開よりも一足早いセレザーナの訃報に、サーヤは愕然とした。
「私が…巫女に?」
「左様です。おめでとうございます。今後儀式までの流れを説明致しますので」
 兄もミレイも、親しい人は誰一人として傍にいないこの状況でこの衝撃を受け止める事になるとは、愚かにもサーヤは予測していなかった。兄はシス管に缶詰めだ。ミレイは一般人、しかもまだ学徒で、血縁者でもない。この事態は十分予測できたのだ。
 事実に心がついて行かないのを感じながら、激しい動揺の中サーヤは説明を受けた。儀式の執行は前の巫女亡き後一週間以内で、好きな日にちを選べ、その前までは好きなように過ごせるという。儀式後、セレザーナが張ったシールドの上からサーヤが新たにシールドを張り、内側から古いシールドを壊す事が、巫女となった直後に行う唯一のセレモニーで、他は、儀式の際セントラルから説明される巫女の通常業務を普通に行うだけであるという。
「巫女となられれば、これらの通常業務は文字を書いたりするのと同様難なく行えるようになると申しますから、ご不安なく。儀式の日取りですが、いつになさいますか」
 係員がテキパキと、しかしきつくはない口調で説明を進めていく。こういった事のプロであるらしく、なるべく不安が少なくなるような話し方であった。
「いつでも…いいんですか?」
「ええ。結構ですよ。前日に少し準備がございますので、それを踏まえて」
「じゃあ一週間後でお願いします」
 迷う余地はなかった。その前には確実にテラも帰ってくるはずだ。ミレイともなるべく普通の状態で話しておきたい。それでさえ、その間そっとしておいてもらえる保証はないのだ。
「かしこまりました。…大体皆様一週間後と申されますからね」
 係員は微笑みながら記録した。何となく癒し系の係員だった。
「儀式自体の進行はセントラルで説明されます。ここではその前の、セントラルに行く前にここで行われる事の段取りについて説明致しましょう」
 その説明によれば、その日の朝、肉親や親戚との別れの儀式(「星に嫁入りするような感じと考えて下されば結構です」と係員は言った)と、親しい人達からの挨拶と見送りの儀式を経た後、セントラルへの転送装置に乗る事になる、という。
「その際、転送装置の前は四重扉になっております。巫女様が装置に入られますと、内側から順に扉が閉鎖します。各扉は内部に関係者以外がいない事を確認しないと閉まりません。そして四つの扉が閉まり、安全が確認されますと、装置作動、という流れになります。この時関係者というのは、厳密には巫女様おひとりという事になりますが、危険があると困りますので、血縁者以外の成人から一名、警護兼お見送りとして、室内に留まることになっています。巫女様の方で希望の方がいればご指名下さい。なければ私共の方で配備致しますが」
 このシステムはサーヤにとっては有難いものだった。一人で四つの扉が閉まるのを待っているなど彼女には耐え難いものがあったからだ。
 しかし、血縁者以外となると兄であるテラは無理だ。また成人という事でミレイも無理という事になる。しかし折角知人を指名できるのに向こう任せというのも勿体無いような気がする。サーヤはしばらく考えた。そしてややあってから、
「あっ!じゃあ…」
と、指を一本立てて言った。