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 一週間ほどした頃、イオタ星はにわかに騒然となった。
 今まで健在であった当代の巫女、セレザーナが急に倒れたのだ。
 適性者が選ばれてからいくばくもしないうちの巫女の不調に、星中が不安を囁き合ったが、中でも一番不安に駆られていたのは当たり前だがサーヤだった。
「大丈夫よ、巫女様はすぐに良くなるから」
「でも…もしダメだったら…」
「そしたら巫女になるだけじゃない。何も取って喰われる訳じゃないし、その適性があんたにはあるんだから、心配する必要はないのよ」
 しかし、言いながらミレイも動揺していた。セレザーナはそんなに年ではなかったので、サーヤが巫女に立つのは相当先の事だと思っていたのだ。まさか教育 施設も出ないうちからこんな事が起こるとは思っていなかった。

 そして、学徒である彼らより、シス管の室員の方が凄絶な忙しさとそれを上回る不安――いや、不安というよりは絶望感に近いものに、見舞われていた。
 巫女の体調に変調があった場合、あまり騒ぎになるのも困るため、やはりシス管による情報制限が行われる。大体は、本当の症状よりも軽い情報を流すのであるが、今回も例に漏れずそうだった。――倒れた、というのよりも、もっと深刻な状況に、セレザーナはあったのだった。

 巫女は、セントラルで儀式を受けて後、食事等を殆どしなくなる。生命エネルギーは全て星の内部エネルギーを直接利用できるようになるからだ。
 セレザーナの場合、この内部エネルギーを生命エネルギーとして利用できる形に変換する能力が機能しなくなっていたのである。普通の人間が食べなかったら死ぬのと同様、彼女も体に貯蔵しているエネルギーを使い果たしたら死んでしまうだろう。現在は彼女を昏睡状態にして消費エネルギーを極小にし、何とかその能力を復活させるべく、関連する各室総動員でその方法を模索していたが、時間的な制約と巫女の体や能力に関してセントラルから与えられた知識の量の少なさから、間に合わない可能性のほうがどう考えても濃厚だった。

 それでも必死に、シス管ではその方法の模索を続けていた。
「セントラルへの通信はしたか?!」
 リザマールが滅多に出さない焦った声で叫ぶ。
「しましたが返信はまだです!!」
 テラの同期、フォートが同様に焦った声で叫び返す。
 そういった焦った叫びが複数飛び交い、速く乱暴にキーボードを叩いたりレバーを入れたりする音で、管制室内は喧騒状態だった。シフトも何もなく、室員総勢39名が徹夜を覚悟で働き回っていた。勿論テラもその中に入っていて、他のメンバーよりも更に必死の形相であった。
 2日、3日とそんな状態が続いた。皆交替で仮眠を取りながら、ずっと缶詰めで働き、考えていた。しかし、求めるものは見つからなかった。危険を伴わない案が生まれるとすぐに実行に移されたが無駄だった。巫女の体は普通の人間とは違う形でエネルギーを使っているようで、普通の生体エネルギーを注入しても、全く変化がなかったのである。セントラルからの返信もまだだった。皆それを最後の希望と待ち続けていたのだが、来る気配すらなかった。

 指揮官であるリザマールと、テラは、事が発生してから一睡もしていなかった。人間が休む事なく活動できるのは四日間であるというし、集中力が切れるのはそれよりもっとずっと早い。しかし二人共全くペースを乱さずに仕事をしていた。周囲が心配しつつ、しかし何とも言えずにいた三日目の夜、リザマールが言った。
「ライアス君、仮眠を取れ」
 しかしテラは振り向きもしないで答えた。
「別に平気です」
 ごく近くにいた人間は仕事をしながら二人共取れよ!!とか、平気じゃねーだろ!!と内心叫んだが、やはり何となく声に出せなかった。
「平気なはずがないだろう、休んだ方が仕事の能率も上がるんだ。知ってるだろうこんな事くらい。早く休むんだ」
 そんな周囲の様子も知らずにリザマールは更に言った。
「平気なんですから邪魔しないで下さい」
 しかしテラには全く応えた様子がなかった。

 実際彼は無理がいくら続いても眠るような気分にはならなかった。これで有効な方法が見つからなければサーヤが巫女になるのだ。まだ適性者に選ばれて日も浅いのに、こんなに急では不安だろう。――正直、テラ自身も不安だったのだ。大体18で巫女になるなど前代未聞なのに、それが自分の妹であったら不安にならないはずがない。サーヤの性格をよく知っているなら尚更だ。あんなまだまだ幼い娘に、星を担わせるなど、考えられなかった。

「いい加減にしないか。手だってもう震えてるだろう、本当に平気そうなら僕だって何も言わないさ」
 いつの間にかテラのすぐ近くに歩み寄って、リザマールは更に言った。
 テラはそこで初めて振り返って、相手を睨みつけた。
「それを言うならあんただってそうだろ。何だよそのクマしかないような顔は。それで人に注意しようってのかよ」
 テラは座りながら仕事をしていたままで、リザマールは立っているので相当高さに差があった。周囲も仕事を続けながらもこのやり取りに気を取られていた。双方の言い分が彼らにとって賛同すべき意見だった。
 三日も徹夜だと流石に他の事への集中力は切れるのか、テラの言葉遣いからは二人きりでもないのに敬語が消えている。そしてリザマールの方もそれに気付いて言い咎めるほどの注意力は残っていないようだった。
「僕は上から指示を下すだけだが君は違うだろう。目だって画面を見続けるのは限界なんじゃないのか?」
「何が下すだけ、だよ。やんなくて良い事まで色々やってんだろ。限界なのはそっちの方なんじゃないのか」
「どうしてそう意地を張るんだ。君が数時間休んだ所で影響が出る訳じゃないだろう」
「そりゃあんたがいなくなるのは影響甚大かもな」
「そういう話じゃないだろう!」
 はっきり言ってかなり不毛な言い合いだった。どうして二人共休むという選択肢が出ないんだろうと皆が思っていると、
「何をしている!」
 入口から低い声が響き渡った。全員が振り返る。
「そこの二人だ。リザマール!お前あれほど私が言ったのに聞いとらんかったのか!そっちの小僧もだ!寝とらん事くらい一発で分かるわ!二人共速やかに仮眠室へ行け、そして四時間は出て来るんじゃない!命令だ!!」
 一等中枢補佐官、ミューゼ・ケヴィンの登場だった。


 指揮は、リザマールの仮眠中はケヴィンが取る事となり、命令に従わざるを得なくなったリザマールはしぶしぶ仮眠室へ向かった。テラはそれでもしばらく粘る事を試みたが、ケヴィンの貫禄の前に長くは保たなかった。テラが仮眠室に入ると、奥の仮眠装置で既にリザマールが眠りに落ちていた。仮眠装置はアイマスク型機器のついたベッドのようなもので、そのアイマスク型機器に仮眠時間を入力して装着すると、機器が脳の状態を調べ、その時間で最も理想的な形で睡眠を取れるよう脳波を調整するものだ。三日間に対し睡眠四時間では、しかし、いくらこの機械でもろくな睡眠にはならないだろうと思いながら、苦笑気味に四時間と入力すると、突然リザマールが何事か呟くのが聞こえて、驚いて振り返った。
 脳状態によっては、夢を見るような浅い眠りが(一時的にせよ)もたらされる事がある。危機は正常に作動しているので、これは寝言なのだろう。テラが呆然と眺めていると、リザマールは再び呟いた。
「ミレ…ジュ」
 一瞬、ミレイと言うのかと思ってかなり驚いたが、どうも違ったらしい。テラは溜息をつくと自分の装置に戻って横になった。
(ミレージュ…?聞いた事あるような…)
 装置をつけ、意識の遠のく頭でテラはぼんやりと思った。その名前と、先日のリザマールの瞳の深さが重なりかけた―――しかし、テラの意識はそこで途切れた。