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 ミレイとサーヤが降りて行く間、エレベータには先客や後客がいて、二人は黙ったままエレベータに乗っていた。まだ目が熱いらしく、ミレイは時たま手指で目を押さえている。

 エレベータが下のフロアに着くと、二人は他の客と共に降り、健康診断フロアを歩き出した。サーヤは待ちかねたようにミレイに駆け寄って聞いた。
「ねぇねぇ、何で知り合いだったの??カサハ三等中枢補佐官と」
 ミレイはやっぱりね、という表情を浮かべながら言った。
「通りすがりみたいなものよ。覚えてくれてるとは思わなかったもん」
「へぇ…でもいつ会ったの?」
 サーヤは更に尋ねた。ミレイは少し考えてから、
「10…11年前、かな。あたしが7歳の時。あんたにもまだ会ってない頃ね」
と答えた。サーヤを見ると、尚も知りたそうな顔をしている。今までサーヤに隠してきた事など殆どなかったので、今回も教えてくれると思っているのだろう。ミレイは苦笑して言った。
「力が暴走しまくってた頃の話だからさ…口に出して言っちゃうと危ないのよ。ただカサハ三等中枢補佐官が『その時』助けてくれたの、とだけ言っておくわ」
 ミレイの力は、暴走していた時の事を説明するなど、体がその時の状態を具体的に思い出すと、抑えきれず再び暴発することがあるのだ。ただただややこしい能力である。サーヤが残念そうな顔をすると、ミレイはいつも申し訳ないような、いたたまれないような気持ちになる。今回も例に漏れずそうだった。
 だが、今回はそれだけではなかった。その時の話をすればその時のリザマールの様子まで話さなければならなくなる。いくら相手も適性者という特別な存在であるとは言え、今をときめく大スター的な存在のプライベートを簡単に話して良いものか、躊躇があった。サーヤに対してだけでなく、その会話を他の人に聞かれるのもまずい。



 ほどなくデータ交付用窓口に至り、その奥にある検査室へ向かうサーヤとはそこで別れて、ミレイは二つしかない窓口に並んだ。
 (何で大体の事は便利なのにこーいうどーでも良いような良くないような所で不便なんだろうこのシステム…)
 そんな事を考えながら順番を待ち、自分のデータを受け取って列を外れると、隣の窓口でデータを受け取った少年――いや青年とほぼ同時になった。
『能力異常値387.65』
 他の所は健康そのものなのに、そこだけ赤色に表示されている自分のデータを見て、ミレイは眉をひそめた。治せる術もないのにいちいち書かないで欲しい。かなり嫌な気分になってその用紙をグシャッと丸めると、ちょうど隣の青年も同時に用紙を丸めたようで、音が重なった。思わずそちらを見ると、彼もこっちを向いていて、目が合った。
 身長は170p強、少年と青年の間のような体格で、航空機器開発室の白と灰色と赤で彩られたジャケットを着ている、髪はダークブロンドの短髪、目は濃い青、年はミレイと同年代くらいと思われた。
 ミレイが苦笑気味に微笑むと、彼も笑顔になった。そのまま去るのも決まり悪いものがあり、ミレイは思い切って彼に話しかけてみた。
「な、何か悪い所あったんですか?」
 彼は話しかけられた事に驚いたようだったが、すぐに答えた。
「あ、いや…特にはなかったんですけど、体の方は…腹が立つ事があったもので」
 彼の声はいかにも健康そうなテノールで、確かに体に悪い所があるような感じではなかった。彼は逆にミレイに問い返した。
「あなたは?」
「これで、病気持ちに見えます?」
 ミレイが肩をすくめると、彼は確かに、と言って笑った。

 彼は親しみやすい雰囲気だった。もう職業人という事はよほど優秀か年上という事なのだが、そういう感じはあまり受けなかった。人の警戒心を薄れさせるような人懐こい笑顔だ。それにつられてミレイは危うく自分の力の事を初対面の人間に言ってしまう所になったほどだった。彼女は慌てて話を切り替えた。
「航空機器開発室に入ってらっしゃるんですか?」
「ハイ、まぁ……結構手作業が多くてしんどいんですよ。皆良い所って言いますけどね。……あなたは、女学徒さんですか?」
 彼は例の屈託ない笑みでそう言った。
「ええ、最高学年なんです」
 ミレイが答えると、彼はびっくりしたように、
「えぇっ?!じゃ、1コ年上なんだ。すいません、何かタメかと思って喋ってました」
と言った。その言葉にミレイも驚いた。
「じゃあ…あなた17歳?」
「ハイ」
 ミレイの方も、何となくタメ気分で話していたのだ。まさか年下とは思っていなかった。…が、言われて見ると、何となく若いというか、可愛い感じにも見えてくる。
「それでもう開発室入りって、優秀なんですね」
「意外でしょ?よく言われますよ。まぁ俺の場合理科とか技術バカって感じだったんです。社会システムなんて追試ばっかでしたもん」
 ミレイの誉め言葉に、彼は自慢気にも卑屈にもならない調子で答えた。ミレイは笑うと、更に尋ねた。
「いつ卒業したんですか?」
「えーっと、1年前ですね。16歳の時です」
「あっ、じゃあまだ鬼のアルベル教官がいた頃じゃない?」
 ミレイが最近退官したイオタ星の悪名高きスパルタ教官の名を挙げると、彼は少し申し訳なさそうな顔になって言った。
「あ…すいません、俺この星出身じゃないんですよ、就職でこっち来たんで」
 それを聞いて驚くと、ミレイはどこから来たのかと問うた。
「イプシロン星です」
 彼の答えに、ミレイは目を輝かせた。
「それじゃあ、ひょっとして旧東洋系の名前だったりするんですか?」
 このネットワークの中で、イプシロン星とラムダ星、オミクロン星の一部では、総称して『旧東洋系』と呼ばれる表意文字が使われていた。何が旧で、何が東洋なのか、意味はさっぱり分からないものの、その表意文字にはどこかエキゾチックな雰囲気があり、他の星の人々の憧れとなっていたのである。
「あ、ハイ…俺の両親は旧東洋系じゃなかったんで名字は違うんですけどね。…カダル・誠(セイ)と言います。誠っていうのは、まことって意味らしいです」
 彼――誠は自分の手の平にその字を指で書きながら言った。
「凄い、本当に旧東洋系だ、格好良い!…あ、お名前聞いといて私が名乗らないのも失礼ですよね。私はマーシャル・ミレイって言います」
 ミレイは興奮しながら言った。誠は笑って、
「ミレイさんって呼んでも?」
と聞いた。すると、ミレイは明るく答えた。
「ていうかミレイで良いですよ。あたしも誠って呼んで良いかしら?」
「えっでも一応俺年下だし…」
「良いんですって、今までさん付けなんてされた事ないからそっちの方が慣れてるんです。…大体、学徒と開発室員だったら社会的地位はそっちの方が上でしょ?」
「…分かりました。じゃ俺もミレイって呼びますからどうぞ誠で呼んで下さい。……ついでだからこの際敬語もなくしちゃって良くないですか?」
「聞いてる内容と語尾が噛み合ってないよ、誠」
「あ、ホントだ。前途多難かなぁ」
 ミレイの指摘に、誠は笑ってそう答えた。

 誠はその後開発室に戻るという事で、二人はエレベータを上がった所で連絡先を交換して別れた。二度と会わないかもしれない相手なのに気安く話せるような人に、二人とも初めて会ったのだった。ただ、その連絡先が活用される機会は、その後殆どないのでは、という思いも双方薄々感じていた。
 そしてそれは確かにそうなったのだった。