ニュースというものはそれが新しいうちは人々の話題となるが、それは一時的で、当事者以外は割合すぐにどうでも良くなっていくものだ。情報がシス管によって制限されているこの世界では尚更の事だった。数日後にはもうクラスの話題から消えつつあったロー星巫女凍結事件について、ミレイは一人考えていた。学徒の分際で考えた所でどうなる訳でもないのだろうが、サーヤの事を思うと考えずにはいられなかった。
 その凍結というのはどういう事なのだろう。次の適性者が巫女になれない以上巫女は生きてはいるという事なのだろうが、具体的にどういう状態なのかピンと来ない。24個の星にそれぞれシス管があり、そこに勤務し制限されない情報を得ているはずのエリート250人近くの頭を寄せ集めても解けない凍結。やはり超常力の類なのだろうか――。

「ミレイ!ミレイ!らしくないよ、ボーっとしてる!」
 声に驚いて顔を上げると、サーヤがたしなめるような顔をして目の前にいた。全く気付いていなかった。考え事が過ぎたのかもしれない。
「ごめん………あたし今度は何してた?」
「何かしてた自覚はあるんだね。でも大した事じゃなかったよ、花瓶とガラス扉にヒビが入ったみたい。こっそり直しちゃえば大丈夫」
 言いながら、サーヤは異常が起こった物を小さく指差した。
 マーシャル・ミレイ――彼女には、物事を熟考したり意識が飛んだりした時、周囲の物に超常的な影響を及ぼしてしまう能力があった。裏を返せば、例えば花瓶位の物なら、壊そうと思えば壊せる能力だった。普段は随意的に抑えているが、ふとした時が危ない。今こそその明るい性格で友人も多い彼女だが、昔、もっと抑え切れなかった頃は忌み嫌われもしたものだ。サーヤはその頃から仲良くしてくれる、言わば唯一の本当の友人だった。実際、そのような超能力をもって生まれる者は、この世界では少数いる。だがミレイのような手に負えないタイプの力を持つ者は相当珍しかった。――勿論、彼女の力は全く手に負えないものではなく、18年付き合っていればそれを利用する術も覚える。その力によってヒビの入った花瓶とガラス扉を、ミレイは少し見つめるだけで元通りに直した。

「とんだ失態。やーになっちゃうわ、もう…」
 直した後で、ミレイは頭を抱えた。
「確かに最近はあんまり無かったのにね〜。何か考えてたの?」
 サーヤがミレイの隣に腰掛けながら尋ねる。ミレイは頭を抱えたまま、
「別に……ぼーっとしてたのよ。あ〜あ、どうしたのかしら、寝不足?」
と答えた。彼女はこの能力ゆえに、試験などでも究極の集中力をもって臨む事が出来ないのだ。勿体ないな、とサーヤは思う。その分学問やその他に集中出来ていれば、きっとシス管にも行ける逸材なのに、と。兄・テラにも少し超常的な力の片鱗のようなものはあったが、そこまで強大ではないようだった。そういう種の能力は、ない方が様々な事に集中し秀でられるのかもしれない。
 そのような能力は巫女や適性者に多いと言われる。しかしサーヤには全くその徴候は見られなかった。潜在的に何かあるとでも言うのなら話は別だが、その節はあまり信用出来ないという事をサーヤは身をもって証明していた。サーヤはそのほうが良いと思っていた。長年ややこしい能力を持ったミレイの隣にいれば、むしろその力をどうやったらなくせるのか考えるほどだった。――だが、巫女の凍結が解けないのと同様、そのような手段もまた、未だ発見されていなかった。サーヤはまだ頭を抱えているミレイにニコッと微笑みかけて言った。
「次の授業寝たら?」
「うっわ〜さらっと言ったわね適性者。別に大丈夫よ。居眠り状態とボーっとしてんのとどっちが危ないかって言うと微妙だし」
 ミレイは半ば呆れたような声で答えた。現在二人はクラスが異なるため授業の間は一緒にいない。いくら友人が多くなったとは言っても、力についてそこまでの理解を示してくれるのはサーヤの他にいないので、ミレイとしては授業の間は一人で気を付けていなければならなかった。この後自分が就職し、サーヤも巫女になれば、その状態はほぼずっと続くので、今のうちに慣れておくのは大事なのだが、やはりあまり良い気分にはなれなかった。
「あ〜もうマジメに要らないんだけどこれ。何か役に立てばいーけどさー」
 ミレイはうんざりしたように頭をかきながら言った。サーヤもそれに全く同意していた。



 授業がすべて終了すると、今度はミレイがサーヤを迎えに行き、居住区への帰途を二人で辿った。
「さっき考えてたんだけど、あたし黙ってても周りのものが壊れる訳でしょ?だったら同じ感じで凍結封印も壊せたりしないのかな」
 歩きながらミレイはやる気なさそうに言った。それに対し、サーヤは弾かれたように顔を上げて言った。
「えっ?!壊せるかもしれないじゃん、やってみた方が良いよ!良い事思いついたね、お兄ちゃんに言ってみるよ!」
 そこまでの反応を予測していなかったミレイは、目を丸くして呆けた後、ふぅと溜息をついた。
「いーっていーって。毎月健康診断してんだから中央はあたしがそーいう力持ってるってデータなんでもう持ってるでしょ。それで何も言われないんだから多分無理って事なのよ」
「えーっでも試した事ないでしょ??やってみて出来たら凄いよ!」
 諦め気味の本人よりもサーヤの方が食い下がっている。
「でも試して余計凍結させちゃったり巫女様殺しちゃったりしたら大変だもん。大体テラさんあたしの力の事知らないでしょ?ていうか覚えてる?あたしの事」
「うん!覚えてたよ、この前分かってたもん」
 ミレイのだるそうな問いに、サーヤは力強く答えた。ミレイはその事実に少なからず驚いた。昔会ったのとサーヤの話を合わせる限り、ミレイの知るテラは、妹の事など興味のある事以外には、とことん無関心な、無駄の嫌いな男だったからだ。シス管配属だけあって記憶力が良いという事か――そんな事を考えていると、サーヤがつけ加えて言った。
「あ、でも、確かに力の事は最近言ってないや…知ってるかもしれないけど覚えてはいないかもなぁ…」
 そしてしゅんとなるサーヤ。ミレイはやれやれと思いながらその肩を軽く叩いた。
「だーかーらー良いんだって!そんな責任重大な事試しじゃ出来ないからさ」
「そ、そうだね…」

 そんなこんなでその話が終わり、数秒無言で歩いた時、サーヤは突然止まった。
 そしてそのまま叫びそうだったので、ミレイは急いで尋ねた。
「どうしたのっ?」
 すると、サーヤは自分を落ち着けるかのようにゆっくりと言った。
「私、健康診断、今日だったわ…!」

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