ネットワークには、恒例の健康診断がある。30日に1回、生まれてから欠かされる事はない。毎月誕生日と同じ日は、誰もが健康診断を受けた。具体的には、機械のカプセルの中に入って眠っていれば、その間に機械が必要なデータを勝手に取るもので、負担としては殆ど全くないのだが、そのカプセルに入った前後は、何となくだが嫌な気分になるのだった。

 その健康診断から上がって、リザマールは廊下を歩いていた。自身の健康データを見て苦笑する。28歳がそこまで年だと感じた事はないが、データは如実に全盛期を越えた事を示している。
 (毎月へこむよなぁ)
 リザマールはそのデータが印字された紙を丁寧に折り畳んで上着の内ポケットに入れた。健康診断が終わればまたすぐ仕事だ。テラらシス管の面々と違い、各室の上に位置する一等から四等までの中枢補佐官は殆どひっきりなしに仕事がある。シス管で仕事をするのはあくまで仕事の一部であり、ネットワーク全体の運営に関わる仕事が彼らの主な業務であった。
 (早く彼がここまで来れば良いなぁ)
 リザマールはその業務に携わる時、決まってテラの事を思い出した。まだ地位はそこそこだが、リザマールから見てテラはシス管の中でもやはりその仕事振りには輝くものがあった。妹も適性者に選ばれ、これからますます彼は上の地位を目指すようになるだろう。
 普通、人はリザマールを見ると誉める事しかしない。きちんと叱ってくれるのは今の一等中枢補佐官、ミューゼ・ケヴィン(58)だけで、あとは上司であっても部下であってもとにかく持ち上げられた。あのように、普段は何食わぬ顔をしながら無言の敵意をぶつけてくる部下など勿論テラだけだ。気にかかるのは当然の理だった。

 その業務へ向かおうとリザマールがエレベータへ歩いていると、背後から何やら走って自分を追いかけてくるような足音がした。振り返ると、健康診断の係である看護士が、困り果てた顔で走ってきて、そのまま走って行こうとしているのが見えた。
「どうしたんだい?」
 リザマールが声をかけると、看護士は息を切らしながら言った。
「それが…困ってるんです。いつも健康診断になると嫌がってどこか消えちゃう人がいて…今日も例外に漏れずどっか行っちゃってるんです」
「………へぇ?」
 あの健康診断が気分良いものではないのは分かるが、逃げるほどだろうか?リザマールは不審に思って、その少年の探索に協力する事にした。

 看護士と分岐点で別れて、それらしい少年の姿を探す。
 しかし、リザマールの探索は思うように進まなかった。歩き回っていると道行く人から注目が集まり、捜索が中断してしまうからだ。その少年の立場を考えればそこまで大事にする訳にもいかないだろう。リザマールは人に囲まれて、困り果てていた。
 その時、視線の先、人の壁の向こうに、ダークブロンドの短髪で、『航空機器開発室』のジャケットを着た少年と、一瞬目が合った。少年は健康そうな肌色で、一見するとごく普通の成長期の男の子、といった感じだった。しかし、その反応でリザマールは、それこそが『彼』だと分かった。――たちまち、その紺色の瞳に怯えが走り、踵を返して去っていったのだ。自分の過剰な人気がこんな事で役に立つとは――普通の人ならこの人の壁に加わるはずだからだ――しかし、やはり人の壁がリザマールの行く手を阻み、少年の姿が視界から消えようとする。
「――待って!!」
 リザマールはとっさに叫んだ。しかし少年がそれに応じる事は勿論なかった。
 (もう成人していた…)
 リザマールは彼の消えた方向を見ながら考えた。あの年で成人しているなら飛び級したという事だ。そんな優秀な人物が何故健康診断を嫌がるのか――一等中枢補佐官の怒りの呼び出しによって中断されるまでその少年を探し続けたリザマールの頭から、その疑問はしばらく離れなかった。
 

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