この星では、最年少卒業年齢である15歳になると、両親や兄弟姉妹との生活から、個人生活へ移る。居住区は、その個人生活をする学徒、個人生活をする成人、共同生活をする夫婦や家族がいるが、それぞれのための3つのセクションに分かれている。個人生活用のセクションの個室は、それ相応に狭い。非常用に星のメインコンピューターと繋がっているセンサーがある他は完全にプライベートな空間であるが、復元不能なほどの改造は加えない事は規則で定められている。部屋に入るために指紋とカードによる認証が必要だが、本人の招いた人間なら自由に部屋への出入りが許される。気軽に友人『宅』を訪れる事ができるわけだ。但し本人の了承がないとセンサーが作動する。最低限のセキュリティは守られているのである。
 星のエネルギーは無尽蔵ではあるが、各部屋が好き放題にすると機能しなくなるため、部屋ごとに、居住する人間の役職や人数によって配給されるエネルギー量が決まっていた。――ちなみにこの世界では、物資や食材もすべてエネルギーに換算され、配給エネルギー量に含まれるため、エネルギーは言わば通貨で、給料の代わりに配給エネルギーを得ているようなものだった。

 学徒が個人生活を始めると、別に個人、あるいは結婚して共同生活を始めた兄弟姉妹とは他人同様自由に会えるが、親のいる部屋、言わば『実家』へは、年に数回決められた時期以外、訪れる事は原則認められていなかった。噂によれば、昔は認められていたのだが、ホームシックに任せて見境なく親元へ帰る学徒が増え、親離れ子離れが進まなかったからだというが、事の真偽は明らかではない。そんなわけで親の部屋へは決まった時期にしか行かれないので、兄弟姉妹と(特に兄姉と)連絡を密にする学徒は多かった。サーヤも例外ではなく、よく兄・テラを訪れていた。だが、一人で成人居住区を歩くと迷う事が多く、テラの近辺の住民はもう慣れっこになっていた。

 今日も、テラ宅のインターホンは同じ用件で鳴った。
「テラ〜、サーヤちゃんだぜ」
 テラの隣に住むアーチ・ハルーム(22)などはそのような事態にむしろ本人達より慣れているほどだった。ハルームは工事部門にいるため屈強な体つきで、最初サーヤに泣きかけるほど怖がられたが、今ではすっかり懐かれている。
「……いつも、すまない」
「いーって事よ☆巫女になっちまったらもうそう会えねーんだろ?」
 ひらひらと手を振って立ち去るハルーム。その後ろ姿にニコニコしながら手を振って見送っているサーヤを、テラは平手で軽く殴った。
「いた〜い…」
「痛いじゃない、何回ハルームに世話になれば覚えるんだ?」
「覚えないよ♪難しいもん」
「努力もしてないのかお前は!」
 シス管の仲間や上司等が見たら驚くだろうが、3つ下の妹サーヤの天然ぶりに、テラはよく振り回されていた。殆ど感情を表に出さない、冷徹怜悧で通っているテラだが、ハルーム始め近隣の者や昔からの馴染みには全く違う印象を抱かれているのである。サーヤは小さい頃病気がちだった事もあり、テラはサーヤに対しかなり過保護に育っていた。その分何を言い出すか分からない所のある妹に振り回されがちなのである。

 部屋の中で配給コーヒーを飲みながら(テラはシス管配属のエリートという事で、学徒用の部屋より配給コーヒーの質も良いようだった。もっとも、サーヤも適性者に選定されてからは色々な配給物の質が良化したのだが。)、テラはサーヤの教育施設での話を聞いていた。3年下くらいまではテラでも知っている後輩などもいて、彼らの配属先がどこになるかなど、彼にとっても興味深い話もあった。が、しかし、彼女の話は主に彼女の楽しかった事や友人の話で、つまらなくはないものの彼とは縁のない世界だった。

「そういえば、ミレイが心配して来てくれたの〜。テロがあったから」
 サーヤはそういう話の過程でその話題を持ち出した。半分楽しみ、半分呆れて聞いていたようなテラの顔がピリッと険しくなる。サーヤは一口コーヒーを飲んだ。
「何かリュクルゴスの事分かった?」
「……ロー星からいくつか報告来ちゃいるけど、まだ今までの情報と大差ないな。ただ…」
 テラは考えながら言った。まだ一般には公開してはいけない事も彼は知っている。サーヤが一般人であるかどうかは微妙だが、数秒考えた後、テラは、
「……やっぱりやめた」
と言った。当然サーヤは怒って、
「何それ〜。ひど〜い」
と兄を非難したが、あまり深追いはしなかった。以前からこういう事はあった。シス管がそういう場所である事は、テラが就職してから4年の間に嫌でも理解したのだ。

 実際、ロー星からの報告に気がかりな事はあった。今まで何のメッセージめいた事も残してこなかったリュクルゴスが、明確な捨て台詞を残していったのだ。
 曰く、『次の星は手法を変える』。
 凍結以外にどんなテロがあるというのか、次はどんな手段で襲ってくるのか分からず、対策も立てようがない。確かなのは巫女を狙ってくるという事だけだ。
 また、7人のうち少なくとも1人、子供がいるらしいという事も目撃されていた。しかし、その他6人の情報は皆目分かっていない。機密事項でもあるし、こんな事を言って教えても、不安を増長させるだけだろう。

 それより、サーヤの話に出てきたミレイの行動に、テラは感謝した。勤めている限り、自分はサーヤにそういったフォローは出来ない。教育施設にいる間に、そういう心配りをしてくれる友人の存在は有難かった。
「ミレイって、あの金髪の、目の大きい子だったか?」
「そうだよ〜。よく覚えてたじゃん、お兄ちゃんにしては」
 ミレイの他にも何人か、実家にいた頃サーヤの友人として遊びに来た子はいたが、ミレイほどサーヤの話に頻繁に登場する子も印象的な顔の子もいなかった。とは言え最後に会ったのは10年近く前、今の様子想像でしか分からない。

「お兄ちゃんの方は、お仕事どうだったの〜?あ、今日カサハ三等中枢補佐官と一緒だったんだよね?どうだった?」
 サーヤの問いに、テラは困惑した。
「一緒だったらどうって言うんだ…?特に何もなかったぞ」
「え〜嘘でしょ。お兄ちゃんカサハ三等中枢補佐官に憧れてるじゃん?」
「は?!」
 思いもつかない指摘にテラはそう聞き返したまま呆けた。
「やだ、お兄ちゃん、自覚ないの〜?4年前配属になる時その事ばっかり言ってたよ。『俺は絶対あの人を越えるんだ!』とかって」
 まだ言葉を発せずにいるテラに、サーヤは続けた。
「今だって、次一緒になるのはいつかっていっつも気にしてるじゃん。あの人有能だもんね、憧れるのも分かるなぁ。この前適性者に選ばれた時ちょっと話したけど、すっごく優しくていい人だったし〜」
 その言葉に、テラは再び動き始めた。
「…あの人と会ったのか?」
「うん。兄がいつもお世話になってますって言っといたよ〜」
「何話したんだ」
「大した事は何も話してないよ?でも我々が必ずお守りしますから巫女のお務めを心安らかにして下さい、って言ってくれたよ」
 サーヤが言いながら、それは嬉しそうに微笑むので、テラは微妙な気分になった。上官、カサハ・リザマールはその若さで自分が敵わないと思わされる事のある唯一の相手だった。この星のトップである一等中枢補佐官でさえ心から敵わないと思った事はない。(優秀な人だと認めはするが。)しかし、彼は、時たまどんなに追いかけても届く事はないのでは、と思う事があった。他にも15歳で配属される人はいて、やはり彼らはそれだけの優秀さはあったが、3年飛び級する者と1年飛び級する者に、普通そこまで絶望的な差はないものだった。また教育施設での成績と実際の勤務の実績は必ずしも一致はしなかった。――そういった全ての事が、彼の前では無駄になるように思えた。そのうちイオタ星などに留まらず、セントラルに引き抜かれるのでは、などという噂も流れていた。
 サーヤに言われた『憧れ』という言葉はそぐわないものがあったが、嫌でも意識はする相手だった。テラは、その学年の中ではいつも1番と呼ばれる存在で、星全体で1番になろうとするのは自然の流れだった。しかし、リザマールの存在があれば道は険しい。会うとつい喧嘩めいた言葉が出るのも、彼にとっては仕方のない事だった。

 そんな、悔しながら上だと認めざるを得ない上官が、自分の知らない間に妹と会話していたとあれば、兄としてはあまり気分の良いものではなかった。
「他には?」
「え〜、覚えてないよ。何でそんな詳しく知りたがるの」
「………」
 結局それ以上の事は聞き出せそうになかった。

 サーヤが自室に帰る時、テラは、
「気をつけて帰れよ」
と、短く言った。他の人間には絶対に言わない言葉だ。サーヤはニコッと微笑んで答え、そして去って行った。それを見えなくなるまで見送ってから、テラは室内に戻った。

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