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「たっだいま〜」
『空』に浮かぶ一隻の中型の船――船というよりはロケットと言った方が近い形状だが――のフロアに、いきなり声がしたかと思うと、人間の姿が現れた。
 それを迎えて、五人の男女が並び立つ。
 フロアに現れたのは、サーヤを抱えた少年と、黒髪の女であった。
 迎える五人は、男四人、女一人。
 合わせて(サーヤを除き)七人になる。この船こそ、リュクルゴスの本拠地であった。

 中央の男は、細面で、目つきの鋭い、やや神経質そうな男であった。背は高く、髪が長い――背までは届きそうな長さだった、その髪は灰色に見える。前髪も長めで、片方の目はほとんど隠れるほどだったが、その目も灰色に近い青だった。
 彼の名を、アディス・バルトといった。歳は32だが、それより老けているようにも若くにも見える。とにかく表情が厳しく、この時もただ黙っていた。

「お帰りぃ〜♪これが適性者ちゃん?若いじゃな〜い♪」
 代わりに反応したのはその隣に立っていた女だった。
 彼女は明るい桃色がかった薄茶のロールがかかった髪を二つに結い分け、濃い赤のカチューシャを着けて、甘い笑みをその唇から絶やさない。全身細身で、腰からふわりとパラソル型に広がったようなスカートをはいている。そして服装の色は全体にピンク系統の色だった。それが似合っていると、自分で自覚している顔をしていた――全身黒ずくめの、今帰ってきた黒髪の女とは、全く逆の印象だった。
 ピンクの女をケリルマ・リピュレ、黒の女をワルト・エンジェラといった。年齢は、リピュレが25、エンジェラが22だったが、見た目、その逆に見えた。否、エンジェラは22でも通るがリピュレは10代と言われた方がしっくり来る容姿をしていた。
 エンジェラの容姿についてつけ加えるならば、リピュレとは全く逆のきつい目つきの瞳は、角度によっては赤にも見える茶色をしていた。また、肩を越す程度とは言ってもその長さには段カットによる差が見られる髪で、黒く、まるで縮毛矯正でもかけたように真っ直ぐ下へと落ちていた。両耳からは大振りのピアスが下がっていて、黒ずくめの彼女に華やかさを添えていた。

「ハッ、子供だましな。いかにも巫女然としてて奴らには格好のエサになりそーなカッコしてるだけじゃねぇか。適性者じゃなくて巫女ならサッサと凍結さしてるか殺してやってるところなのによ」
 バルトの、リピュレとは反対側の隣にいる男が、それに対して悪態をついた。
 彼は金髪だった。そして肩の上ほどで、殆ど一律に切り揃えられている、やはり真っ直ぐな、どちらかというと猫毛だった。身長はあまり高めではなく、175pには届かないのではないかという感じで、どう見ても160に届いていないリピュレはともかく、165はあるエンジェラがヒールを履いていると危うく追いつかれるのではないかという印象を与えた。
 そして白いシャツに黒いズボンという至極シンプルな服装の上から、青い白衣のような長い上着を無造作に羽織っていた。特筆すべき事は、彼は七人の中で唯一眼鏡をかけていた。縁なしの、細作りの眼鏡であった。その奥の双眸は明るい緑をしていた。――そうした外見的印象は、荒々しい口調とあまり似合うものではなかった。

「アッハ〜、若いと言う事が過激だねぇ、ロッティ」
 それに答えたのはサーヤを抱えたままの少年だった。髪は先刻も述べたようにオレンジ系統の茶髪で外跳ねが激しかった。七人で一人年齢が離れているのに、気にした様子は全くなかった。子供らしくというか何と言うか、五分丈のズボンを履いていて、着ているものが全体的にかなり若々しい――幼いと言っては言い過ぎだが、多少そんな感じもした。身長はまだまだ低く150にも満たない。
「テメーに若いとか言われたかねぇんだよ、ガキ」
「ガキで結構だよ〜ん、若い方が良いに決まってるもんね〜だ」
 ロッティと呼ばれた男は、フルネームをユステム・ロッティといった。歳は、若いとは言われていてもエンジェラと同じ22歳だった。そして少年の方は、旧東洋系でもないのに、輝石(ジュエル)・ナナムと、その表意文字を当て字にした名字を用いていた。ガキと呼ばれるにはもうそろそろ歳な14歳ではあったが、この中にいればガキと呼ばれるのも無理はなかった。

「その辺にしとけよ、二人共。…兄貴、適性者はどうしとくんだ?」
 ロッティの更に隣にいた男が二人の下らない言い合いを止め、中央の男、バルトに向かって言った。兄貴という呼称をバルトに対して使うという事から明白であるが、彼はアディス・トランゼという名を持つバルトの弟だった。兄より感情の動きが良く見られる表情をするが、目つきの鋭さは同じで、それがトランゼをかなり性格の悪そうな顔に見せていた。短髪の黒髪は少しクセがあり、ところどころ波打っている。兄ほどではなかったが背が高く、隣のロッティとはゆうに10pは差がありそうだった。

 ちなみに、リピュレの隣にいるもう一人は、何も言わずにそこにいた。他の面々よりも体の大きな――はルームほどではなくとも――逞しい男で、顔も骨格ががっしりしていた、顎の広い顔だった。髪はどうもブロンドのようだが、この上なく短く刈り上げられているので茶にも金にも見え、よく分からなかった。また、顎ひげが髪と同じくらいの長さで生えていた。寡黙なこの男はメンバーで最高年齢、37歳のハロイド・ベンゼルという男だった。この時もただ黙ってバルトの決定を待っていた。

「決めた通りで良い」
 バルトが厳かに言った。ただただ冷たい声音だった。それを聞いてナナムは、
「はいは〜い」
と言いながら、特に動じた様子なくフロアを出てある船室へ向かって行った。
「お疲れ様ぁ、ナナム☆」
 リピュレがその後ろ姿に向かって言った。ナナムは後ろ向きにひらひらと手を振った。
「じゃああたしも休ませてもらうわ」
 エンジェラが疲れたように髪をかき上げて言いながら、フロアを出て行こうとした。
 そしてナナムと同様出て行きかけたところで、気付いたように立ち止まって振り返った。
「そう言えば、一緒にいた男、殺しちゃったけど良かったのよね?」
 良くないと言われたとしても全く気にしなそうな、全く悪いと思っていなさそうな、彼女に特有のハスキーな声でそれは言われた。
「問題ない」
 バルトも全く感情の動かない声でそう答えたのだった。


 目を開けても、そこは暗闇だった。
 ハッと目を見開くと、部屋の明りが灯って薄暗く辺りを照らした。そこは全く知らない部屋だった。サーヤは身を起こそうとして、両手足が拘束されている事に気が付いた。
(私…あの後、どうしたの…?!)
 ここは、どう考えても自分のいるべきだった場所ではない。
(巫女の儀式は…?!)
 すると、その時いきなり船室のドアが開いた。
 サーヤはびくっとして、身を捩ってその方向を見た。

 見たこともない男が自分に向かって歩いてくる。サーヤは本能的な恐怖に青ざめた。
「先に名乗っておこう。私はリュクルゴスの指導者、アディス・バルト」
 サーヤの目の前まで来ると、彼は底冷えのするような低い声で言った。
 リュクルゴス。サーヤが怖れていた名だった。サーヤが恐怖に怯えた目でバルトを見上げる。バルトは何の動きも見られない瞳でサーヤを見下ろしていた。
「イオタ星適性者、名は」
 そして何の容赦も見出せない声音で言った。サーヤは声も出なかった。沈黙が下りる。バルトはただ黙ったままサーヤを見る。時間が経てば経つほど、サーヤは何も言えなくなっていった。

「……ならば先にこちらから言う事は言っておく。お前には当分の間ここにいてもらう。逃げようなどとは考えない事だ。この部屋は完全にロックされている。船の外は何もない『空』でもある――お前には何の能力も見られないようだ、外に出れば即座に死ぬだろう」
 そんなサーヤの様子を見て、バルトは話し始めた。
「逆にこの場でお前が抵抗しないことを誓うなら拘束は解いてやろう」
 寒気がするほどの冷たい声音はそのままだが、バルトの話の内容はそれに見合うほど冷酷ではなかった。サーヤは怖れが消えないながらも、驚きも隠せなかった。
「…殺さ、ないの…?」
 サーヤが思わず言った言葉に、バルトはやはり無感動に言った。
「殺すなら既に殺している」
 彼の声音に、サーヤは本気を感じた。確かに、彼ならそうしていただろう。そしてそうなっていないという事は、自分が殺される事はないのだ。
「じゃあ、どうして連れて来たの」
 サーヤが更に言うと、バルトは厳かに告げた。
「お前の命あれば次の適性者は立たない。それが目的だ」
 その言葉に、サーヤはここに来てから一番大きな衝撃を受けた。

 確かにそうだ。巫女とならないまま自分がここにいれば、巫女不在のまま次の適性者も出ない事になる。何故か、適性者は一代一人限りだから。巫女凍結よりも、余計にひどい状態かもしれない。星は、今一体どうなっているのか、どうなってしまうのか―――。
「…やめておけ、お前に死ぬ事など出来ない」
 彼女の心を先読みしたように、バルトが言った。
 サーヤは、キッと相手を睨みつけたが、すぐに目を逸らした。
 ここで相手を怒らせる事に何の意味もない。余計不利になるだけだ。

 すると、初めてバルトが冷笑を浮かべた。
「?!」
 サーヤが反射的に身を引こうとすると、その前にサッとバルトの手が伸びて、彼女の肩をつかんだ。そして彼はこの世で一番恐ろしい笑みをその唇に貼り付けたまま言った。
「余計な事は考えるな。我々七人は皆抵抗する者には容赦ないぞ。殺さずに死ぬより酷い思いをさせる手などいくらでもある。無駄な痛みを増やしたくなくば大人しくしておく事だ」
 サーヤは息を呑んだ。かすかに震えながら目の前の男を見る。やはり、彼からは本気の匂いがした。この恐怖に耐えられる気概など、殆どの人間は持ち合わせていないだろう。
「…分かり…ました」
 サーヤが震えた声で言うと、バルトは再び一切の表情を消し去った顔に戻った。
「もう一度聞く、名は」
 肩をつかんだ手は離さないまま彼は言った。
「……ライアス…サーヤ…」
 今度は、震えながらも彼女は答えるしかなかった。
「抵抗しないと誓うか?」
 続けて言われた言葉に、サーヤは涙を零しながら頷いた。
 彼はそれを見て手を離すと、軽く指を鳴らした――それだけで拘束具は跡形もなく消えた。そして、彼は懐から水晶のような物を取り出し、ベッド脇の机上に置いた。
「不自由があったらこれに触れろ」
 そして、あとは全くサーヤに構う事なく部屋を出て行った。
 誰もいなくなった部屋で、サーヤはそのまま泣き続けていた。