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 ようやくドタバタ騒ぎが収拾を見せたのは事件から一週間以上過ぎた頃だった。サーヤの救出があまり急がれなかったのは、連れ去られたという事は、これまでの手口とハルームの死から見て、すぐに命を奪われる事はないだろうと判断されたためであった。もし殺す事が目的なら、彼同様その場で殺されていただろうからである。
 この時間差は、テラやミレイにとっては苛立ちとなると同時に、救出作戦の事を奏上する事ができる貴重な時間ともなった。
「心配は要らないよ、二人共。救出作戦の計画の最高責任者は僕になったから」
 二人の申し出を受けて、リザマールは柔らかな笑みを浮かべた。二人は全くもって驚いた。そう知っていたなら、何も最初から心配する必要はなかったのに。
「まぁ、決定権をミューゼさんからもぎ取った、という事だけどね」
「えっ?」
「何でもないよ。さぁ、業務に戻ろうか。明日が来るのを待っておいで」
 何やら不吉な事を囁きながら、リザマールは再び笑った。
(これが当代一の人材…)
 何となくげんなりした気分になりながらも、二人は頼もしい味方がついた事を喜んだ。――ミレイはあからさまに、テラは内心だけで。



 その頼もしい人が待つようにと言った翌日の朝、教育施設に行く前に、ミレイは呼び出しを受けてシス管へ行った。普通絶対に入る事を許されないコンピュータで埋め尽くされた部屋で、管制室員総出で迎えられ、ミレイは変な気分でそこへ足を踏み入れた。
「やぁ、来たね」
 奥にいたリザマールが振り返った。ミレイが困惑しながらもそこへ歩みを進めると、リザマールは敬礼して言った。
「今こそ君の力を発揮する時だ。マーシャル・ミレイ、君に適性者救出部隊に加わる事を要請する」
 その言葉と同時にそこにいる全員が一斉に敬礼する。ミレイは珍しくうろたえて、辺りを見回した。そしてもう一度リザマールの方を見ると、その横にテラが立っていた。ミレイと目が合って、彼も敬礼する。
「う、承りました」
 ミレイも慌てて敬礼して言った。それが正しい応対かは分からなかったが、彼女の思いつく限りでは一番正しいものに近いと思われるものだった。そして実際それはあまり外れた反応ではなかったらしく、皆自然に敬礼を解いた。リザマールは微笑んだ。
「詳しい説明はこれからしよう。テラ、奥の準備を」
「準備済です」
「……そうか。じゃあミレイ、ついておいで」
 当然のように事務的な会話を交わすテラとリザマールを、ミレイは呆気に取られて見ていたが、リザマールが更に奥の小部屋へと歩き始めたので慌てて後を追いかけて行った。こういう所は、さすが星中の精鋭を集めただけあって、隙がない。普段は地位や肩書きにとらわれないミレイであるが、今は素直に格好良いと思った。そして、自分がまだ、何の経験もない学徒である事をまざまざと思い知った。

 通された小部屋で、ミレイはそこにある丸い机の傍らの椅子に、促されて座った。リザマールとテラも残りの椅子にそれぞれ座る。椅子は全部で四つで、空席はあと一つしかなかった。リザマールは丸机の上に両手を組んで置いた。
「さて、君は殆ど何も敵について知らないね。順を追って説明していこう」
 リザマールはそう言って、現時点でリュクルゴスについて分かっている事で、一般には公開されていない事をミレイに話して聞かせた。
 曰く、七人組で、現在『空』のどこかに船で潜伏しているという事。一人子供がいて、何人かは女性であるという事。そして、超常力によってシステムを破壊できるという事、などである。

「巫女の凍結も超常力によるものだろう。…つまり数値にすると、能力異常値300以上の集団じゃないかと推測された」
 リザマールはそこで、数枚の書類を手に取った。
「そして全ネットワークとセントラルに要請して、過去生誕記録は残っているが現在どこの星にも籍がなく、死亡記録もない人間を洗い出した。…結果、条件に合ったのは500億人中、1317人。そしてそのうちで健康診断結果が能力異常値300以上だったのは………15人」
 そして渡された書類を、驚きに見舞われながら、ミレイは受け取った。
「更に、ツェータ星、ミュー星、ロー星のテロ以前から行方不明になっていたのは、七人だった。これが、リュクルゴスのメンバーと見て間違いないだろう」
 そこには、七人の名前・データと顔写真が載っていた。
 男四人、女二人、子供一人。条件にぴたりとはまっている。

「けど顔が分かったからと言ってプラスになる事は少ない…特にこちらから乗り込むとなったら、ね。しかも能力者揃いだ。不利である事が分かっただけ…見てごらん、その一番上の男を」
 ミレイは促されて書類を見た。
 アディス・バルト。行方不明になった当時、21歳。その時の写真が載っている。
 目を通していって、ミレイは愕然とする。
 能力異常値が570を示していたからである。
「……570……?」
 一体どういう能力だというのか。自分の387.65でも抑えきれない時がままあるのに。
「…かなりの強敵だという事が分かるだろう。彼が行方をくらませてから、11年が経っている。今どうなっているのかは、全く予測がつかない」
 リザマールが静かに言った。ミレイは呆然と書類を見つめていた。
「こんなのに…どうやって立ち向かうんですか」
 ミレイが呆然としたまま言った。いきなり自分の存在が貧弱に思えてきたのである。

 すると、今まで黙っていたテラが急に口を開いた。
「朗報だ」
 そして、自身の健康診断データの紙をそこに開いて見せた。
 そこには、いつものデータよりも、詳細なデータが掲載されていた。
 能力異常値70.41――その横に、潜在超常力、という欄があった。
 それが、テラの紙には、はっきり、600.00と示されていたのである。
「潜在異常は不安を煽るから普通は載せないらしいんだが、今回開示してもらった」
 何の事はなさそうに言うテラに、ミレイはただただ目を丸くして彼を見た。
「実は、僕も」
 すると次はリザマールがデータを開いた。
 能力異常値20.4、潜在超常力320.60。テラに比して低いものの、それは確かに普通以上の値であった。
「ただ、これはあくまでも数字に過ぎない。部隊を結成したら、しばらく能力を具現化する訓練をする必要がある。……お前もそうだろう。今のままではコントロールしきれる状態じゃない。違うか?」
 テラが淡々と言った。ミレイは、何も言えずただ頷いた。
「残念だけど、この星には、数値の上だけでも彼らに匹敵できそうなのは僕たち三人とあと一人だけなんだ。だから今回は四人のみで部隊を結成する。そして、目標を適性者の奪還だけに絞るんだ。彼ら自体の逮捕あるいは殲滅は、その後各星の体制が整ってからになるだろうね」
 言いながらリザマールは立ち上がった。
「じゃあこれからあとの一人を迎えに行く事としよう」
 状況にまだ完全について行けないながら、ミレイはその後に続いて慌てて立ち上がった。それを見てテラも立ち上がる。

 リザマールの後について歩きながら、テラはミレイの肩を叩いた。
「はいっ?!」
 過剰な驚きを見せるミレイに、テラは苦笑した後、右手を差し出した。
「よろしくな」
 殆ど初めて見るテラの笑顔に、ミレイは一瞬呆然とした。そして、ややあってから、やっと普段の笑顔を取り戻して、彼女はその手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします、テラさん」



 リザマールは何の迷う様子もなく廊下を歩いて行った。そして地下2階に下りて、更に奥へ進む。テラとミレイは黙ってついて行った。やがて、リザマールはある扉の前へ至った。
「ここって…」
 ミレイがその扉を眺めながら呟きを漏らした。リザマールはカードで開いた自動扉の中へ進んでいく。その室の人間が驚いた様子で立ち上がった。
「カサハ三等中枢補佐官!今日は一体どのようなご用向きで」
 室責任者が慌ててリザマールに駆け寄った。彼女は白と灰色、そして赤で彩られたジャケットを着た、昔美しかったであろう50代付近の理知的な女性だった。そのジャケットは、ミレイには見覚えがあるものだった。リザマールが何か言う前に、ミレイは目に飛び込んできた人物の名を口にしていた。

「誠!じゃない?!」

 奥にいた一人の少年が名指しされて振り返る。そう、そこは、イプシロン星出身の17歳、カダル・誠が所属する、航空機器開発室であった。誠は、ミレイの姿を認めて、驚きに彩られた顔で立ち上がった。そこへミレイが駆け寄る。
「ミレイ…一体どうしてここに?」
「あ、いや、あたしは…リザマールさんについて来ただけ…」
 ミレイは急激に、自分がリザマールを遮るという問題行動に出た事に気付いて、しどろもどろになりながら振り返ってリザマールとテラの方を見た。
 しかし、予想していたような呆れた顔は二人にはなかった。
 リザマールの目は、明らかに誠を見て固まっていた。そしてテラは場の状況を不審そうな目で見渡していた。
 誠の方も、リザマールを見て少し硬直したような表情になっている。
 ダークブロンドに、濃い青の瞳、少年と青年の間のような雰囲気。彼は、確かにあの時健康診断から逃げていた少年だった。今は任務で使うと見えるマイク付ヘッドホンをつけていたが、その顔は忘れる事もできない彼の顔だった。
「……君だったのか……」
 他の人には聞き取れないほどの低い声でリザマールは呟いた。誠はますます緊張した表情になった。しかし、リザマールはそれ以上特に何も言う事なく、書類を一瞥すると、完全に落ち着き払った様子で彼に向き直った。
「カダル・誠で間違いないかな」
 平静さをすっかり取り戻したリザマールとは逆に、誠の方は更に身構えたような表情になりながら、黙って頷いた。
「では。…カダル・誠、君に適性者救出部隊に加わる事を要請する」
 リザマールは先刻ミレイにしたのと同様敬礼してそう告げた。

 一同皆騒然となる。
 テラは、それでもすぐに平然と敬礼した。
 航空機器開発室の面々は、むしろ混乱するほど驚き合っていた。
 ミレイも、まさか彼がその『もう一人』とは思わず反応できないでいた。
 何より誠本人が硬直していた。
 そして、しばらく瞬き一つせずにリザマールを見つめ返すばかりだった。
 何も反応しない誠。周囲のざわめきが、沈黙へと徐々に変わっていった。
 場が完全にしん、とする。
 数秒の後、ミレイがリザマールとテラに倣って、誠の方に向き直り、敬礼した。
 誠の目が見開かれた。
「ミレイ…ひょっとして、あんたも?」
「うん、そういう事なの」
 そしてまた場に沈黙が下りる。

 航空機器開発室の面々は完全にどうして良いか分からずにいた。
 無理もない、突然過ぎるのだ。それと言うのもリザマールが自分の権力に物を言わせた強引な事をするからなのだ。リザマールもそれは分かっているのか決して返事を催促はせずにただ待っている。それにしたって、最初から行く事を望んでいたテラやミレイとは違うのだから、かなりゴリ押しである。――それだけ断らせまいという事なのだろうか。他に候補になる人がいないから。
 誠は、リザマールとミレイを見比べていた。
 そして、開発室責任者の女性が口を開くまで黙り続けていた。
「行きなさい、カダル君」
 突然場に響いた声に、多くの人間が彼女を見る。彼女はおっとりと微笑んで続けた。
「救出作戦には船の技術が欠かせませんもの。あなたのような人が一番、必要なはずよ」
 独特の調子でそれは言われた。誠は彼女を――イオタ星に来て以来の上司を見つめた。彼女は笑顔で頷いた。誠はそれを見ると、一旦目を地へ落とした。
 そしてしばし何か考えた後に、目線を上げて睨みつけるようにリザマールを見た。
 リザマールの瞳が全く動じないのを見てから、性は完全に視線を上げ、そして、ついに敬礼した。
「受諾致します」
 彼の声は、それまでの会話より低く、決然としていた。
 それを聞いて、リザマールはようやく、どこか満足気な笑みを浮かべた。
「頼りにしているよ。…誠と呼んでも?」
 リザマールの声が柔らかなものに戻っても、誠はまだ緊張しているようだった。




 四人になった一行がシス管へと戻る途中、誠はミレイに声をかけた。
「これは一体どういう人選?」
 そう思うのも無理はない。この感じだとテラがサーヤの兄とも知らなさそうだ。
「あたしは適性者の親友で、能力異常380台なの」
 ミレイはまず自分について言った。誠は少し驚いたような顔になる。
「380…あんたが?」
「……意外でしょ?よく言われますよ」
 ミレイはいつかの誠の言葉を真似て言った。誠がクスと笑いを零す。

 ミレイは続けた。
「テラさんは、適性者のお兄さん。能力異常は70台だけど、潜在値は600」
「――――!!」
 誠は次のテラについての説明を聞いて、目に見えて息を呑んだ。
「?どうしたの」
 ミレイは彼が何に対して驚いたのか判断できなかった。
「あ…いや」
 誠は歯切れ悪く答えながら、何も言わない黒髪の後頭を見た。
(あれが…適性者の兄、…ライアス・テラ…。能力600、だって…?)
 適性者の顔は写真で見知っていたが、あまり似ておらず、彼女とはすぐには結びつかなかった。
(……そうか、それで、取り戻そうと…)
 誠は無意識に唇を舐めた。

「まぁ、リザマールさんは良いわよね。そういう事よ。あなたは?」
 ミレイに話を振られて、誠は彼女の話に意識を戻した。
「何が?」
「…能力異常とか?何か数値だけでも変に高いもの」
 誠が聞き返すと、ミレイはその言葉を言いにくそうに小さな声で言った。
 誠は少し黙った。が、彼女の尋ね方は嫌いではなかった。
 これくらいなら、良いだろう。
「俺ね」
 彼は悪戯っぽく笑った。
「能力異常は38くらいだけど、それよりもっと凄いんだよ」
「え?」
「機械が俺の言う事聞くんだ。俺が乗った船は絶対壊れない♪」
 誠は調子良く言った。ミレイはその無邪気な様子に思わず笑った。
「でも確かに凄いよね。生まれつき?」
「ああ、そうだよ」
 ――それは、嘘。しかし本当の事は言えない。
「そしたら潜在能力値は高く出るでしょうね!」
 勿論そんな嘘にミレイが気付く事はない。誠は笑って頷いた。

 悪い仲間ではなさそうだ。誠は前方の二人にも目をやりながら考えた。
 四人とも、実は普通ではない状況を好むタイプだろうから。

 そして、誠だけでなく、四人とも、そんな思いを抱きながら歩いていた。