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『装置作動確認。ゲート1を閉鎖します。関係者以外は退避せよ』

 サーヤが装置に入ると、機械の声のアナウンスが流れた。そのアナウンスは、シス管を始め関係各室にも流れていた。テラは複雑な思いでそのアナウンスを聞いた。ゲートは一回閉鎖すれば転送装置が作動し終わるまで開かない。本当にサーヤは行ってしまうのだ――戻っては来るけれど。
「了解。安全を確認。閉鎖お願いします」
 テラは努めて機械的に言った。その五秒後、実際に扉が閉まる様子がコンピュータ上に示された。テラは目を細めた。
『閉鎖を確認しました。……………ゲート2を閉鎖します。関係者以外は……』
 無機質なアナウンスが続く。テラは緊張し直して次の指示を出す準備をした。

 扉が閉まった内部の二人も、同様に緊張と、そして不安が高まるのを感じていた。
「本当にハルームがいてくれて良かった…一人だったら絶対無理よ、こんなの」
「そうだよな。正直俺も辛いモンがあるぜコレは」
『ゲート2閉鎖を確認しました』
 しかしそれでも事は順調に進んでいるようだ。アナウンスは異常なく流れてくる。

「了解。安全を確認。ゲート3閉鎖お願いします」
 そしてそれはテラが順調に業務をこなしている事の証でもあった。ゲート3が閉まる。そして、アナウンスは最も外側の扉の閉鎖準備に差し掛かった。

 すると、その時であった。

「ゲート1、2間に生体反応がありませんか?!!」
 センサー画面を凝視していたシス管の若手が叫び声を挙げたのだ。
 室内に一気に緊迫が走った。
「どういう事だ?!」
 画面には確かに生体の存在を示す光が灯っている。しかし関係者以外がいれば作動するはずの緊急センサーは全く作動していない。その時誰かがまた叫んだ。
「ゲート2、3間にもいます!!」
 もう一つ、生体の光が灯った。

「センサーはどうした?!」
「とにかく扉を開けろ!!」
 叫び声が飛び交う室内。非常事態発生である。
 あまりの衝撃に半ばパニックになりながらも、テラもそれへの対処を急ぐ事になった。扉を強制開放するプログラムを作動させようとする。手が震えるのを必死で抑えながら、彼は正しいプログラムを入力した。
 しかし。
『転送装置、作動未確認。ゲートは開放できません』
 流れるアナウンスは絶望を呼んだ。テラは愕然としながらも、形を変えて次のプログラムを入力する。それも彼は間違えなかった、にも関わらず、結果は変わらなかった。
「何でだ?!」
 誰かが後方で叫ぶ。焦りが刻一刻と大きくなっていく。テラは次々とプログラムを入力する。しかし、反応は全て同じであった。
「もうダメだ、ゲートを破壊しろ!!」
 それを見ていたリザマールが叫んだ。数人が急いで現場と各室へ向かう。
 テラは尚もプログラムを入力し続けたが無駄だった。
 焦りが強くなって、内臓が持ち上がるようだ。

 すると。

『ゲート1開放を確認しました』
『ゲート2開放を確認しました』

 開けたいゲート3ではなく、内側の扉が開放されたという、奇怪なアナウンスが唐突に流れた。
 弾かれたように皆が画面を見上げると、
 生体反応の光が、装置の間へ侵入しようとしていた。
「――――!」
 テラは急いで、一番強制的なプログラムをゲート3にかけた。
『作動未確認。ゲートは開放できません』
 流れるアナウンスは、絶望の調べであった。

「―――――サーヤ!!!」



 いきなり閉じたゲートが開いて、ハルームとサーヤは驚愕した。
 扉の前には、14、5歳と見られる少年が立っていた。
 異常を報せる警報等は一切鳴っていない。二人が事態についていけずに呆然と彼を見ていると、彼は無邪気に笑った。
「わ〜い、適性者のお姉さんだ!一目見たくって探してたら迷い込んじゃって、困ってたんだけど、迷った甲斐があったなぁ♪」
 その笑みには人の警戒心を薄れさせるような可愛らしさがあった。それにつられて、彼の言葉になるほど、と頷きかけた二人だったが、ハルームはハッと我に返った。
「……それならセンサーが発動しないのは何でだ…?」
 ハルームの言葉に、サーヤもハッと青ざめて少年を見る。
 そして、それと同時に、少年の笑みが歪んだ楽しみに彩られたものへと変わっていく。
「頭良いとケガするよ、お兄さん」
 少年は笑顔のままそう言うと、指一本をサーヤにスッと向けた。―――サーヤというよりは、転送装置へ。
 次の瞬間、転送装置のそこかしこが小爆発を起こした。
 小さくても爆発、その爆風と破片はハルームを地に伏せさせるに十分の威力があったが、部屋自体は全くの無傷だった。―――狙ったように、装置の中央にいたはずのサーヤの体にも傷は一つもない。しかしショックは十分に大きく、彼女はその場に倒れた。気を失ったのだ。
「お姉さんには恨みはないけど、巫女になられちゃうと困るんだよね〜」
 少年は歌うような声で言った。ハルームはサーヤに駆け寄ろうと体を起こそうとしたが、先の爆発によって意外に深く負傷しており、起き上がれない。
「お前…一体何者だ…?!」
 苦しさをこらえてハルームが声を絞り出すと、少年はハルームの方を見て最初のような極上の笑みを向けた。
「リュクルゴスに子供がいるって聞かされてなかった?」
 ハルームは愕然とした。
 少年はサーヤにつかつかと歩み寄り、彼女の体をよいしょと抱え上げた。
「わぁ、本当に適性者の体だぁ」
 彼は心底楽しそうに言った。身長は少年の方が低いのに、全く重そうな様子を見せない。そしてそのまま踵を返そうとした。
「待て!その子をどうするつもりだ!!」
 ハルームが叫ぶと、少年は振り返った。
「大丈夫だよ、殺したりしないから」
 そして悪戯っぽい笑いを顔に貼り付けたまま、セミロングの毛先が跳ねたオレンジ系の茶髪を翻して去ろうとする少年。ハルームは体中の力を振り絞った。
「待てっ!!その子を連れて行くなど許さない!!」
 傷を押してハルームは立ち上がり、少年の背後から手を伸ばした。少年が驚いた顔で振り返る。ハルームの手が少年の肩へ届く一瞬前。
 無数の細くて鋭い光線が、少年の背後から走ってハルームの体を貫通する。
 またも、狙ったように少年とサーヤの体には全く触れずに。
 それがレーザー銃と気付いたのは、地に倒れた後だった。
「だからあんたは仕事が甘いのよ、ナナム」
 少年の背後から現れた狙撃手は女性だった。黒髪で肩を越す程度の長さ、全身を黒いスーツで包んでいる。
「わぁい、エンジェラが一緒だとやっぱり心強いや♪」
 ナナムと呼ばれた少年は嬉しそうに言う。そして、全身から血が流れ出して床に広がり始めているハルームに振り返って、笑いながらこう告げた。
「バイバイ、正義感の強いお兄さん☆」
 その向こうで、女が冷笑するのも見えた。
「待…て…」
 しかし、ハルームには最早成す術もなく。
 ブラックアウトしていく意識の片隅に、少年に抱えられ連れ去られていくサーヤの銀髪が流れるのが映っただけだった。



 シス管で絶望と無力感に襲われながら、メンバーはモニター画面の光が、サーヤとハルームを示す光に近づき、そして去る様を見ていた。サーヤと不審者二人の光が急にフッと消える。
「?!」
 しかし、その事に反応する前に、ハルームを示す光が点滅を始めた。
 これは、その人物が重態であるという事を示すものだった。
「重態?!急げ!!」
「適性者と侵入者の行方は?!」
 面々は口々に叫びながら現場へ駆けつけるべく部屋を出て行った。
 テラは、未だ震えながらそこに立っていた。
 最も避けたかった事態が現実となってしまった。
 絶望の次に出てきたのは悔しさだった。結局ここにいながら、自分はハルームが倒される事も、サーヤが連れ去られる事も、何も阻止できなかったのだ。
 この命に代えても守る覚悟だったのに。
 テラは奥歯を噛み締めて、デスクを拳で叩いた。凄まじい音が室内に響く。デスクを叩いたというより、手の方をデスクに叩きつけるような叩き方だった。皆がびっくりしてテラの方を見る。それでも彼の激情は治まらなかった。
「やめろ、コントロールコンピュータを壊す気か!!」
 再び拳を振り上げたテラのもとへ、リザマールが急いで駆けつけてそれを制した。腕をつかまれたテラはそれを振りほどこうと暴れたが、リザマールの方が力は強かった。
「暴れてる場合か!!普段のお前なら解決策に頭を切り替えるはずだろう!!」
 リザマールがテラを押さえながら怒鳴った。
 テラが動きを止めた。
 そして力を無くしたように腕を下げた。リザマールがもう片方の腕をつかんでいなかったらその場に倒れこんでいたかもしれない。
 叱責したリザマールだったが、テラの心中を察しない訳はなかった。彼自身だって悔しいのだ。一度でも会えば無事を願わずにはいられない、ライアス・サーヤはそういう少女だった。実兄であるテラが取り乱すのも道理だ。

 その時、内線電話が鳴った。現場からだ。電話を受けた若手が、数回返事をした後に受話器を外して言った。
「ライアスさん…現場からで……アーチ・ハルームさんが呼んでらっしゃると…」
 モニター画面では、ドアを物理的に破壊して入ったらしい係員を示す光に囲まれたはルームの光が、その点滅を速くしていた。