この星だけではなくどの星でもそうなのだろうが、30日に1回の健康診断が面倒だ。何のためにやっているのか、体の隅々まで調べ上げられる感じで何か落ち着かない。この『ネットワーク』中で人口は500億位いるはずなのに、一人一人そこまで詳しく調べる事に何か意義があるのだろうか。



「お疲れ様〜」
 次のシフトの人間と交替の時間になると、システム管制室にはそんな声が飛び交う。ここに配属されるのは相当のエリートばかりだ。各地の教育施設の、総合トップクラスばかりが集結しているのだから。優秀な人間は飛び級するので、最年少15で卒業できる。シス管には毎年1人か2人は15歳の新人がいたが、まっとうに18まで教育を受けた人が優れていないという訳でもなく、様々なタイプの人材がいた。

 今交替で入ってきたのは、4年前17歳で卒業して入ってきた、今はもうすっかりこの仕事に慣れた21歳、ライアス・テラと、15の時からいる若ベテランで当代屈指の優秀な人材と言われ、この星イオタ星で3番目に地位の高い28歳の『三等中枢補佐官』カサハ・リザマールを含む6人だった。

「そういえば、ライアス君、おめでとう。妹さんがこの度適性者に選ばれたそうだね」
 上司であるリザマールが声をかけたのに対し、テラは手袋をはめながら短く一礼した。
「えっ?!マジ、テラの妹が次ここの巫女になんの?!」
 テラと同期の同僚、レンデル・フォートが楽しげに聞いた。
「まぁ、そんな話は前からあったから」
 心なし笑みを浮かべながら、しかしあくまで静かにテラは答える。
「すげーじゃん!!今の巫女様も35でやっと適性者に選ばれたんだろ?!若いじゃん!!今いくつだっけ、サーヤちゃん」
 まるで自分の事のように興奮しているフォートに混じって、他の面々も何となくお祝いムードだ。本人であるテラが一番落ち着いて、
「次18になるな」
と淡白に答える。
「さぁさぁ、その事については別に飲みにでも行ってお祝いしよう。レンデル君、ロー星から連絡が来てるよ」
 リザマールの一言で、皆ぞろぞろと仕事に戻る。システム管制室は一面コンピューターに覆われたような部屋で、ここにある数々の機会がイオタ星のメインコンピューターだった。このコンピューターを操って、星全体の様々なシステムが正常に働くよう制御するのが彼らの仕事である。

 この世界は真空の暗闇『空』と25個の星で出来ていて、星同士は『ネットワーク』というシステムによって相互に繋がっている。星同士へは転送装置か船によって行くことが出来る。但し、ネットワークの中心にある星『セントラル』へだけは、選ばれた者以外入れず、他の者にはそれがどこにあるのかさえ分からないようになっている。当然船で行く事も不可能だ。そして、その他24個の星は古代語アルファベット、即ちアルファからオメガまでの名が付けられていて、互いに交信を絶やさない。ちなみに今は、このイオタ星に、ロー星から連絡が入ったのだった。

 先刻のお祝いムードで何となく緩んでいたフォートの顔が、しかし、その連絡内容を処理する間に徐々に険しくなる。やがて彼はガタッと音を立てて立ち上がった。
「報告します!!ロー星シス管より緊急連絡です!!『巫女えりんでーる凍結、せんとらるヘノ応援ヲ要請スル。コノ連絡ハ緊急ニねっとわーく全体ニ転送致スモノデアル』」
「何だって?!」
 にわかに室内に緊張が走り、皆フォートのコンピューターの周りに集結する。

 先ほどから彼らの口に上る『巫女』とは、星でただ一人選ばれ、その星の象徴として祀られる存在だ。しかしただの人形ではなく、星の内部エネルギーを左右し、星を空から守るシールドを張る能力を持つ、実質的にも星の化身、要の存在だった。巫女になれる資質のある者を『適性者』といい、セントラルで儀式を受けることで巫女になる。但し、巫女も適性者も1世代に1人ずつしか存在せず、その適性者も巫女存命中は巫女になる事は出来ない。―たとえ、その巫女が凍結してエネルギーの制御が不能だったとしても。
 ロー星は、凍結を解除する方法が見つからない限り、星の巫女が不在の、極めて不安定な状態に陥ったのである。

「くそっ…また奴らか」
 リザマールが苦々しげに呟いた。実は巫女が凍結するのは初めてではなかった。現在ツェータ星、ミュー星も同様の状態にあった。―ロー星含め、いずれの場合もある組織に攻撃を受けた結果だった。
 その組織、『リュクルゴス』は、男女7人組のテロ組織で、最近活動を始めたものだが、何を狙っているのか、このように巫女を凍結封印するのが手口だ。今までのところ、その封印がどのようになされているのかも、どうやって解除できるのかも、全く分かっていない。

 事件発生を受けて、室内は一転尖った多忙の雰囲気に変わった。それぞれが自分のコンピューターに向かい、他のメンバーとの間を走り回り、他の管制室と電話したり他の星と交信したりして騒々しくなる。その中でテラは複雑な思いを抱えながら、そんな素振りは全く見せず、淡々と自分の仕事―この騒ぎによるイオタ星自身のエネルギーシステムへの影響阻止・システム維持の業務―をこなしていた。

 3つ下の妹、ライアス・サーヤは今教育施設の最高学年だ。他の級友が就職活動に励む中、つい先日適性者に選ばれた彼女は気楽に残りの学徒生活を送っている。しかし最近になって増えてきた巫女狙いのテロに、彼女自身もテラも不安を感じてきていた。毎回ここでなくて良かったと思ってしまう一方、また不安が大きくなるのだ。
 究極、ツェータ星にもミュー星にもシステムには殆ど支障が出ていない事を考えれば、他の居住者は今すぐどうこうなるという事はないが、自分達は違う、当事者なのだから。―そしてこんな自己中心的な考えばかりしてしまう自分に嫌気が差すのである。

 テラはシス管の金刺繍が入った詰襟の上着の、その詰襟にわずかにかかるほどの黒髪で、事あるごとに顔にかかってくるそれを神経質そうな仕草で耳にかけながら鬼のように仕事をこなしていた。皆それぞれの仕事に没頭する中、リザマールだけはそんなテラの心中を気遣う余裕があり、時折心配そうな目を彼の背中に向けていた。

 リザマールはシス管ではなく三等中枢補佐官の白い上着を着ている。彼はこの地位に23歳の時に就いたが、テラはここに配属になり、リザマールと会うなり、
「俺はあんたより早くそこまで行く」
と振っかけたのである。今までそんな物言いをした部下は勿論初めてで、リザマールはすぐにテラを気に入った。今でも最も目をかけている部下はテラなのだ。
(まあ、声かけた所で大丈夫です以外に答えはないだろうけどな)
 そう考え、微かに笑うと、リザマールもすぐ自らの任務に専念し始めた。

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