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 リザマールには容易に予測のつく事だったが、誠は健康診断のデータ開示や、他三人に用紙を見せる事でさえ、嫌がった。ただ口頭で、能力異常値は38だと言い張り、それで終わらせようとしたのだ。事情を少しも知らないテラとミレイは驚いた。といってもリザマールも殆ど何も知らないに等しいけれども。
「でも別に検査受け直す訳じゃなくて、データ開示するだけじゃない。潜在値が分からないと困るでしょ?」
 ミレイが色々言って説得を試みるが、誠はそれがこの世で最も嫌な事とでも言わんばかりの暗い態度を変えない。勿論無理矢理連れて行くのは簡単だが、それでは何の解決にもならないだろう。

 途方に暮れた雰囲気が流れ始めた頃、それまで黙り込んでいたテラが突然言った。
「誠。とにかく嫌なんだな?」
「……」
「なら別にいい。数値がなくたって何とかなるだろ」
 その言葉に、誠本人を含む三人が皆驚愕した。
「ええっ?!それでいいんですか、テラさん?!」
「ミレイ、お前の今外に出てる力が387.65なんだろ。それさえ分かってれば全員の細かい数値をいちいち取らなくても大体は分かる。第一、向こうのデータは11年前のなんだ。今は未知数に近い相手にス地に一喜一憂するやり方が賢いとは思えないけどな」
 呆然として皆その言に聞き入っていた。テラは、チラッと誠を見やってからつけ加えた。
「そんなに嫌なものを無理強いするような価値はない。それより能力の訓練の方が先だろ」
 テラの目は無機質で、誠にはこれが彼なりの優しさなのか、本当にどうでもいいと思っているのか判別がつかなかった。しかしリザマールとミレイは仰天していた。優しさどころの騒ぎではない。初対面でこんな誠意をテラが見せるなど、普通ならあり得ない事である。
「いいだろう?カサハ三等中枢補佐官」
「えっ?…あ、あぁ」
 突然話を振られて、リザマールは歯切れの悪い返事をした。今のテラには何か有無を言わさない雰囲気があった。
 誠はその安堵が後になってから来たようで、ようやく我に返ってテラに言った。
「あの、ありがとうございました。すいません、ワガママ言って…」
 テラはそれに対し一言、
「その分働きで返してもらうからな」
と、答えた。誠は心から嬉しそうな笑顔になった。
「ハイ!!」
 その様子が若々しく多少可愛らしくもあったのは確かだったが、テラがそれに微笑を返したのを見るに当たって、リザマールとミレイは、テラにも妹以外の年下を可愛がるような心が残っていたのかと、思わず顔を見合わせたのだった。



 四人はシス管の奥にある、先刻ミレイへの説明に使われた部屋に再び入った。そこでミレイになされたのとほぼ同様の説明が誠に向けてされた。
「彼らが使っているのは船だ。だから作戦では船が欠かせない。君が航空機器開発室にいたのは偶然だけど都合が良かった。船の事は任せて良いね?」
 空席のなくなった部屋の丸机越しにリザマールが言うと、
「勿論です!」
と、思い切り笑顔で誠は答えた。健康診断のとき以外は基本的によく笑う明るい性格であるらしい。つられて他の三人も何となく和やかな雰囲気になってしまう。
「どれくらいの大きさの船がいいんですか?性能はまぁ最高の部品集めるとしても…重さの上限とかも分かればいいなぁ」
 調子良く誠は続けた。リザマールは微笑みながら答える。
「そんなに大きくはなくていいけど…個室は最小サイズでいいし、そうだな…操縦室が一番広くてそこに集まれる感じが良いな。積載重量はエネルギー集積装置とその予備の分を考えて15か16tで……一から作って欲しいんだけど、どれくらいかかる?」
 すると、誠はしばらく目算するように考えてから、
「うーん……三、四日かなぁ」
と言った。
 当然その言葉に他の三人は仰天した。
「いや…いくら開発室とかに頼むとしても、一から三日でできるものか?」
 リザマールが少し遠慮がちに言うと、誠は更に追い討ちをかけるような現実離れした事をさらりと言ってのけた。
「できますできます。それにまぁ…まぁ多少は頼むとしても、一人で大丈夫ですって」
「何だって?!」
 今度は思わず皆から声が出た。誠は驚きまくっている様子のミレイの方を見た。
「おいおい、なんであんたまで驚くの?さっき言ったじゃん、あんたにはさ」
「えっ?!」
 誠は呆れたように溜息をつくと、三人全員に向かって言った。
「健康診断のワガママ聞いてもらった代わりに、と言ったらなんですけど。多分それで選ばれたんじゃないかとも思うんですけど、俺、機械関係は思い通りに操れるんです。その能力使えば船なんて勝手に組み立ちますから、三日で平気なんです」
 そして彼はニッコリと笑った。
 三人は呆気に取られるばかりだった。



「…じゃあ、船よりも先にやらなきゃいけない事をやろう。ここにいる四人は能力や潜在能力はあるがそれを思い通りに操れない者ばかりだ。それを実戦に使えるように訓練する事だ」
 ある程度驚きが去った後、気を取り直してリザマールは言った。
「でも…どうやってするんですか?」
 今まで全く思い通りにならなかったのに、という思いを込めて、ミレイは呟いた。不安を隠せない様子の彼女に、リザマールは微笑んでから、テラの方へ振り返った。
「準備は?」
「出来てます」
「じゃあ行こうか」
 状況にあまりついていけていない誠とミレイも引き連れて、リザマールとテラはその部屋からまた出て、各室区画の最下層の特別室を目指した。

 誠とミレイはまた何やら喋り合っている。それを背後に聞きながら、リザマールはテラに小声で言った。
「気に入りでもしたのかい?」
 テラは訝しげに相手を見上げた。
「何が?」
「カダル・誠さ」
 それを聞き、先刻のやり取りを言っているのだと分かると、途端に面倒臭そうな顔になって、テラは吐き捨てるように言った。
「別に」
 すると、リザマールは先日の仕返しとばかりに畳み掛け始めた。
「そうか?君があんなに精力的に他人を助けるのは初めて見たけどな。あの半分、いや、五分の一くらいでも他の人にも向けてくれたら良いんだけど」
 テラはそれを聞いて不機嫌そうに答えた。
「……初耳だな、あんたは俺に優しく接して欲しかったのか」
 思わぬ切り返しに、リザマールは吹き出した。テラはますます機嫌悪そうに言った。
「笑うなよ。……あんたこそ誠には何かあるんじゃないのか」
「何かって?」
 リザマールの声にはまだ笑いが残っている。
「誠なんだろ、例の健康診断の『彼』」
 しかし、続くテラの言葉に、リザマールはしばし黙った。
「俺は逆にあんたに聞きたいね。最初から嫌がるって分かってる相手にどうやってデータ出せなんて言えるんだ?俺が言うまでもなくデータの数値がそこまで大事じゃない事くらい、あんたなら分かるはずだろ。……あんたは優秀だよ、確かにな。けどそういうところの融通は驚くほど利かないよな。……誠が健康診断を受けないのがそんなに許せないのか?」
 テラは続けざま言葉を投げつけた。リザマールは黙っている。
「何でも型にはめりゃ良いってもんじゃないだろ。それとも何だ、型にはまらない奴を無理矢理はめて楽しむのがあんたの趣味か?復讐か何かならともかく」
 テラの口からは苛立ちのため言葉がこの上なくスムーズに滑り出た。しかしそのため逆に、最後の一言がどれだけリザマールの目に暗い炎を灯したかを見逃した。
 ふと見た時のリザマールの冷たく暗い笑みに、テラは思わずゾッとした。
「テラ。良く分かってるじゃないか」
 尋常ならないその様子は、テラに口を噤ませるに十分だった。
(図星…だったのか…?)
 適当に言った事だっただけに焦った。背後では誠とミレイが笑い合っている。

 しかし、その後何を言われるか身構えていたにも関わらず、リザマールはその事には全く触れず、しばらくすると冷たい雰囲気さえ取り払われていた。テラは少しホッとしたが大きく拍子抜けもした。
 だが同時に、その一件はこれで終わらないような予感を感じさせる事でもあった。